日々のなごはく。

名護博物館ブログ

ポストカード掲載種(エビ)の種名訂正について

去年、沖縄県立博物館・美術館の企画展「やんばるの森の美写真展」に出展させて頂いたことはこちらの記事で紹介しましたが、その際に作って頂いた私の写真のポストカードの種名が間違っているとのご指摘を受けました。

該当するポストカードの写真はこちらとなっております。

ポストカードには、「カスリテナガエビ」と書いてありますが、
正しくは「マガタマテナガエビとなります。

間違えてしまい、申し訳ないです。
お詫びと訂正をさせて頂くとともに、なぜ間違えてしまったのか、その理由を記事で紹介したいと思います。

そんな言い訳するな!という方はスルーして頂ければと思いますが、分類学的なウンチクも多少含まれますので、興味のある方もいるかも・・・しれません。

実はこの「マガタマテナガエビ」は、つい最近オンラインジャーナルの論文(こちら)で和名が発表されたばかりのホットなテナガエビの一種なのです。
(より正確には、論文に先行して去年の3月に刊行された沖縄県レッドデータブックで掲載されたのが初です)

ただ、新種というわけではなく、これまで国内から正式な記録のなかった種ということになります。

・・・といっても、論文中に約10年前の2008年の生態写真が載せられていることからわかるように、つい最近の調査で劇的に発見された!という話ではありません。
研究者もその存在を認識していたものの、長年見過ごされてきた種といった方がよいのかもしれません。

詳しいことは上のリンクの論文を読めばわかると思いますが、これまで「カスリテナガエビ」と本種は混同されてきた可能性があるとのことです。

「マガタマテナガエビ」の学名はMacrobrachium lepidactyloidesですが、これまで、この学名に対応する和名として「カスリテナガエビ」が付けられていました。
カスリテナガエビが国内で石垣島から初めて見つかった時に、M. lepidactyloidesとして発表されたのです。

しかし、今回の研究でよくよく調べてみると、それはM. lepidactyloidesではなく、未記載種(つまり世界中からまだ記録のない新種)かもしれないことがわかったとのことです。

そして、沖縄本島から真のM. lepidactyloidesが見つかっており、今回新たに和名が付けられたというわけです。
上の写真のように、オスの大きい方の鋏(はさみ)が勾玉(まがたま)のような形をしていることからその名が付けられたそうです。

マガタマテナガエビを含むネッタイテナガエビのなかまは、これまで図鑑などによる形態の情報がとても少なく、また混乱していたのが現状でした。

私は、2014年に出版された図鑑「日本の淡水性エビ・カニ 102 種」を参考にこれまで種を同定(種を見分けること)していました。
この図鑑は、種を同定するための検索表も付いている素人にもわかりやすい優れた一冊ですが、今回論文で発表された新たな知見によると、その検索表では「マガタマテナガエビ」と「カスリテナガエビ」を間違える可能性があります。

論文で挙げられた「マガタマテナガエビ」の特徴としては、大まかに、

・生時は頭胸甲の側面に暗褐色の3本の縦線が入る(魚やエビは頭を上にしたときの向きで縦横を考えます)。
・腹節側面(おなかの部分の横)に暗褐色の縦線が1本入る。
・成熟したオスの大きい方の鋏(はさみ)の指が長い。

などがあるとのこと。


マガタマテナガエビのオス Macrobrachium lepidactyloides
(2014年10月19日撮影 名護市)

こちらは、ポストカードの写真個体の全体を写したものです。
上に挙げた二つ目と三つ目の特徴について、はっきりと確認することができました。

一つ目の特徴については、あると言われればあるかな・・・という感じです。
この特徴はネッタイテナガエビにもありますが、本種はネッタイテナガエビほど線がはっきり出ていないようなケースもある気がします。
上の写真でもはっきりしておらず、私が「カスリテナガエビ」だと信じ込んだ一因になっています。


ネッタイテナガエビ Macrobrachium placidulum (2018年6月25日撮影 名護市)

こちらがネッタイテナガエビ。頭胸甲側面の線がはっきり出ています。
ただ、ネッタイテナガエビも個体によってはこの線がはっきり出ていない場合が・・・

私は、今回発表された論文を読んで、過去に自分が撮影した「カスリテナガエビ」だと思っていた写真をすべて見直しました。
すると・・・なんとそのほとんどが「マガタマテナガエビ」らしいことがわかりました・・・ナンテコッタ!
はずかしいですね!


マガタマテナガエビのオス(2014年9月15日撮影 名護市)
論文に挙げられた特徴がはっきり出ているわかりやすい個体です。


マガタマテナガエビ(2013年8月26日撮影 名護市)


マガタマテナガエビと思われるメス(2018年8月19日撮影 名護市で採集)
頭胸甲や腹節の線がかなり太いですが、他の角度から撮影した写真も検証して総合的にみてマガタマテナガエビっぽいです。

模様がはっきり出ていれば迷うことはなさそうですが、体色は採集したときにうすくなってしまうことがよくあります。
そうなると、判断に迷いそうです。
ただ、ポストカードの写真のように成熟したオスで大きな鋏が付いていれば、その形から見分けるのは簡単そうです。
一方で、未成熟の幼体を見分けるのは相当むずかしそうです。

実は、「マガタマテナガエビ」については、今回の論文を発表した研究者の方から、事前にその存在だけは教えてもらっていたのです。
それにも関わらず・・・・今回のミス・・・
ポストカードが作成されたのが、論文が出る1年前だったとはいえ・・・迂闊でしたね!

さて、この「マガタマテナガエビ」、今のところ国内では沖縄本島からしか見つかっていないとされていますが・・・
台湾と沖縄本島に分布していて八重山諸島にいないとは考えにくいので、今回の論文発表をうけて、これまで見過ごされていた「過去の記録」がどんどん発掘されるのではないでしょうか。

(NM)

【参考文献】

佐伯智史,2017. マガタマテナガエビ. 沖縄県環境部自然保護課, p313. 改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物 第3 版(動物編) ― レッドデータおきなわ −, 沖縄県環境部自然保護課.

佐伯智史・前田健・成瀬貫, 2018. 琉球列島産ネッタイテナガエビ種群3種 (甲殻亜門: 十脚目: コエビ下目: テナガエビ科) の分類と形態. Fauna Ryukyuana, 44: 33-53.

豊田幸詞・関慎太郎, 2014. 日本の淡水性エビ・カニ 102 種. 誠文堂新光社, 東京, 255pp.