日々のなごはく。

名護博物館ブログ

ウリガイ、産卵のために川を降りる

沖縄でも寒い日が続いております。
先日の夜、名護市内の河口域干潟を少しだけ歩きました。

目的は・・・

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河口域で歩き回るモクズガニのオス(2022年1月 名護市内)

・・・上の写真のモクズガニです。

ハサミに毛が生えていることから、地元では「キーガイ(毛ガニ)」と呼ぶことがあります。

ふだんは川の中流~上流でよく見かける淡水域を代表するカニですが、この時期には産卵のために川を下って河口域(汽水域)や海まで移動しています

こういった習性を持つため、川を降りるカニということで「ウリガイ」の名、あるいは、サシバが渡りを終えて越冬に移る晩秋~冬に川を下ることから「タカヌガニ(鷹のカニ」の名で呼ばれることもあります。

このように、たくさんの地方名があるということは、昔から人々のくらしの中で親しまれてきた証拠でもあります。川の豊富なやんばる(沖縄本島北部)では、古くから食用にされてきました。サキタリ洞遺跡でも、1万2000年以前の層から出土していますので、有史前から食用として利用されていた可能性があるとのことです*1

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河口域で歩き回るモクズガニのオス(2022年1月 名護市内)

さて、今回の観察でまず最初に出会ったのは、河口域を歩き回る大型のオス(上の写真)。大きなハサミに立派な毛が生えており、一目でオスとわかる個体でした。

モクズガニは日本中に生息していますが、沖縄と九州以北の集団では、別種レベルの遺伝的な差があるとのことです。

そうなると、形や生態も違うのかな・・・と、当然思うところなのですが、少なくとも形についてはほとんど差がないそうです。また、生態については、沖縄での詳細な調査研究が見当たらないのですが、九州以北の温帯域の調査でわかっていることが参考になるだろう・・・とのこと*2

温帯域では、産卵のために河口域に降りてきたオスは、メスを探すために隠れず歩き回る傾向があるとのこと*3ですので、上の写真のオスもメスを探していたのでしょうか。

・・・だがしかし!

今回の私の目的は、オスとメスのペア、もしくは卵を抱いているメスの写真を撮ることだったので、上のオスは軽くスルーし、他のモクズガニを探しました。

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抱卵したモクズガニの腹部(2022年1月 名護市内)

河口からマングローブの生える河口域を上っていき・・・

・・・すると、わりとすぐに卵を抱えたメスに出会うことができました。ラッキー!

上の写真だとわかりにくいので、卵の部分をアップすると・・・

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モクズガニの抱卵(2022年1月 名護市内)

こんな感じです。

おなかに抱えられたとても小さな卵のツブツブが見えるでしょうか?

温帯域のモクズガニは、1シーズンにメスが3回まで抱卵することができるそうです。ただ、回を追うごとに数が少なくなり、甲幅40~70 mmのメスの場合、1回目は12~60万、2回目は8~30万、3回目は2~8万くらいの卵を抱くとのこと*4

・・・少なくなるといっても、3回目でも数えるのがイヤになるくらい多いですけど!

モクズガニは、小さな卵をたくさん産む、いわゆる「数打ちゃ当たる」戦略を取るカニですね。生まれた子どものほとんどは死ぬでしょうが、全体数が多いので、それなりの数が残るというわけです。

さて、シーズン中で何回目の産卵かは、メスの外見でもおおよそ判断でき、

1回目は卵をかかえる腹節(いわゆる、ふんどし部分)から卵があふれるほど、
2回目は卵がわずかに見える(はみ出している)程度、
3回目は外から卵は見えず、腹節を開いてみないとわからない

・・・とされています*5

この研究例に照らし合わせると、上の写真のメスは2回目の産卵、といったところでしょうか。

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モクズガニ腹部の卵(2022年1月 名護市内)

メスはときどき腹節を開いて、卵に新鮮な水を送っているようです。そのときに覗きこむと、かなりの卵を抱えていることがわかります。

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モクズガニの卵(2022年1月 名護市内)

卵を少し拝借して、実態顕微鏡で覗いてみました。
上の写真の黒いバーが1 mmです。下の写真の細かい目盛は1/100 mmですので、卵の直径は大体0.4 mmくらいです。小さいですね!

どうやら、卵は未発達なようで、幼生の眼や色素などはまだ見えませんでした。

温帯域のモクズガニの卵がふ化までにかかる日数は水温に左右され、10℃前後で約3か月、25℃以上で約2週間とのこと*6。暖かい沖縄の河口域では、冬でも20℃前後はあるでしょうから、おそらく3か月はかからないでしょうね。

 

・・・さて、今回の観察では、諸々の事情であまり時間を取ることができなかったので、今シーズン中にまたじっくりと繁殖中のモクズガニを探してみたいところです。

特に、おなかにあふれんばかりの卵を抱えたメスを見てみたいですね!

おまけ その他に出会った生きもの

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ミナミトビハゼと巣(2022年1月 名護市内)

巣の中でお休み中のミナミトビハゼ(沖縄名トントンミー)

巣の横にある石に見覚えがあるでしょうか?

そう、軽石です。

最近のめまぐるしい社会変化の中で、あまりニュースでは見かけなくなったかもしれない軽石ですが、まだ沖縄の海岸、河口域、干潟など様々なところに積もっています。

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ツムギハゼ(2022年1月 名護市内)

タイドプールにいたハゼを網ですくっても、軽石が勝手に入ってくる状態。

ところで、このツムギハゼの肉には猛毒(フグ毒)があります。食べないよう要注意!

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ミナミコメツキガニ(2022年1月 名護市内)

河口からだいぶ離れた場所の干潟では、寒い夜でもせっせと食事をして砂ダンゴを作るミナミコメツキガニがたくさんいました。

歩いてみないとなかなか気づけない光景ですね!

(NM)

*1:小林哲・藤田祐樹・成瀬貫・濱口寿夫, 2014. 沖縄本島中南部におけるモクズガニの分布と生態に関する予備調査. 沖縄県立博物館・美術館, 博物館紀要, 7: 1-14.

*2:小林哲・藤田祐樹・成瀬貫・濱口寿夫, 2014. 沖縄本島中南部におけるモクズガニの分布と生態に関する予備調査. 沖縄県立博物館・美術館, 博物館紀要, 7: 1-14.

*3:小林哲, 1999. モクズガニ Eriocheir japonica (de Haan) の繁殖生態 (総説). 日本ベントス学会誌,54: 24-35.

*4:Kobayashi, S., 2001. Fecundity of the Japanese Mitten Crab Eriocheir japonica (de Haan).Benthos Research, 56(1): 1-7.

*5:小林哲, 1999. モクズガニ Eriocheir japonica (de Haan) の繁殖生態 (総説). 日本ベントス学会誌,54: 24-35.

*6:小林哲, 1999. モクズガニ Eriocheir japonica (de Haan) の繁殖生態 (総説). 日本ベントス学会誌,54: 24-35.